読者の皆様の中に「糖尿病」という病気を聞いたことがない、という方はあまりいらっしゃらないと思います。インスリンの量が少なくなったり効きが悪くなったりすることで「血糖値」、すなわち血液中を流れる糖分の量が高い状態が続く病気です。
血糖値が高い状態が続くと、全身の血管が傷つけられます。細い血管(細小血管)が障害されると、やがて網膜症や腎症といった病気を合併し、失明や腎不全に至ることもあります。末梢の神経や血管にも影響を及ぼし、足の壊疽(えそ)などの原因にもなります。また、より太い血管(大血管)でも、傷ついた血管の壁が硬くなって、血管が細くなったりつまったりする、いわゆる「動脈硬化」の原因となります。動脈硬化が進行すると「狭心症」や「心筋梗塞」、「脳梗塞」、「下肢閉塞性動脈硬化症」といった様々な重篤な病気につながるのです。動脈硬化は、高血圧や脂質異常症といった他の生活習慣病との相互作用によって、更にその危険性が高まるといわれています。
一般的な健康診断の血液検査にも入っていますので、皆さんは、ご自分の「血糖値」を見たことがあると思います。他にも、おしっこに糖が混じる「尿糖」や、数週間から数ヶ月間の血糖値の変動を表す指標である「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」なども糖尿病を見つけるための検査としてよく使われています。
ところが最近、健康診断では糖尿病の検査に異常がないものの、「普段は正常だが、食後の短時間だけ血糖値が急上昇する」という現象が起きている方がいらっしゃることがわかってきました。これは「食後高血糖」や「血糖値スパイク」などとも呼ばれ、近年注目されています。この食後高血糖、20代~60代の働き盛り世代の3~4人に一人に起きていると言われ、また糖尿病と最も縁遠そうな20代でやせ型の女性でも5人に一人に起きているとも言われています。
やっかいなことに食後高血糖は糖尿病の重要な検査指標である「空腹時の血糖値」ではなかなか見つけることができません。食後1~2時間のうちに血液検査を受けない限りわからないのです。しかし、この食後高血糖は動脈硬化を引き起こし、心筋梗塞などの脳心臓疾患の発症に密接に関わっているのです。
食後高血糖はなぜ動脈硬化を引き起こすのでしょうか。そのメカニズムを調べてみると、血糖値が急激に上がったり下がったりすると、血管の細胞からたくさんの「活性酸素」が発生し、血管の内壁を傷つけていることがわかったのです。活性酸素というのは、読んで字のごとく「活発な酸素」、すなわち「酸化させる力」が非常に強力な酸素のことです。酸化と言われてもピンとこない人もいらっしゃると思いますが、剥いたリンゴが茶色くなったり、外に置いておいた鉄がサビるのも酸化の一種です。そういわれると悪いイメージがあるかもしれませんが、実は本来、活性酸素は私たちの身体にとって必要なものです。酸化力の強い活性酸素はばい菌などの細胞膜を変性させ、殺菌することができるのです。よって血液中の免疫細胞は、体内に入り込んだ病原微生物や体内で発生したがん細胞などを駆除するための武器として利用しています。また、様々な酵素の働きを促進する効果もあります。活性酸素があるからこそ、身体中の細胞は健康を維持することが可能なのです。そのため、普通に生活しているだけでも体内では活性酸素が作られています。活性酸素は適量であれば細胞を守ってくれます。しかし活性酸素が増えすぎると、その酸化力があまりにも強力なため細胞自身を傷つけてしまい、細胞の老化が早まります。細胞の外側を覆う細胞膜が活性酸素によって変質し、結果として、細胞が構成する組織も老化し、機能が低下するのです。
それは血管の壁も例外ではありません。活性酸素は血液中の LDL(悪玉)コレステロールと結びつき、血管の壁にダメージを与えます。血管の壁が傷つくと、それを修復しようと免疫細胞が集まり、傷ついた壁の内側に入り込んで壁をぶ厚くします。その結果、血管の内径は狭くなり、血管壁はその弾力性や柔軟性を失って硬く脆くなります。これが「動脈硬化」です。
食後高血糖が繰り返し起きている人は、全身のあちこちで動脈硬化が進み、やがて心筋梗塞や脳梗塞などの重篤な疾患を引き起こすリスクが高まるのです。
では、どうすれば食後高血糖を解消することができるのでしょうか。それは食事や運動の工夫にありました。その重要なポイントは、糖質が身体に吸収されるスピードを遅くし、消費のスピードを速めることで、血糖値の急上昇を抑えること。具体的には、大きく3つの工夫が挙げられます。
レストランで食事をした時のことを思い出してみてください。最初に野菜を中心としたサラダや前菜とスープ、次に魚料理や肉料理、最後にパンやご飯、麺料理とデザートの順番で出てくることが多いと思います。和食、洋食、中華、多くの食文化でこの順番になっているのには、実は深い意味があるのです。
前菜として野菜を最初に食べると、食物繊維が胃腸の壁をコーティングし、また糖やタンパク質とからみついて消化を緩やかにします。汁物もまた胃腸の内容物の体積を増やし、糖の濃度を下げます。これらによって、胃腸に入ってきた食べ物の消化吸収に時間がかかるようになります。
その次に肉や魚などのタンパク質や脂質を食べます。すると、タンパク質や脂質に反応して「インクレチン」というホルモンが放出されます。このホルモンは、消化に時間のかかるタンパク質や脂質を長く胃腸に留めて効率的に吸収できるよう、消化管の動きを緩やかにします。
その後にご飯やパンなどを食べると、消化吸収に時間がかかるため、血糖値の上昇が穏やかになるのです。また、野菜や肉、魚であらかじめ胃を膨らませているため、糖質の食べすぎを抑えることもできます。
医食同源という言葉もある通り、様々な食文化や食事マナーには健康への配慮が含まれているのです。
読者の皆様は毎晩よく眠れていますか?そして毎朝、朝ごはんを食べていますか?忙しくて睡眠時間がとれない、だから朝ごはんよりも睡眠をとりたい、疲れが残っていて朝は食欲が出ない、など様々な理由で朝ごはんを摂らない人も多いのでないでしょうか。しかし、睡眠と朝ごはんが健康のために大切だという話は誰もが聞いたことがあることと思います。そして、食後高血糖の予防においても、やはり睡眠と朝ごはんには大きな意義があるのです。
夜遅くに夕食を摂り、十分に睡眠をとらず、朝ごはんも抜く、という生活を続けていると、体重が増えやすくなり、血糖や脂質などの代謝にも悪影響を及ぼすことが明らかになっています。
身体は24時間周期の自然なリズムを維持することで体調を整え、健康な身体を維持しています。しかし、朝食を抜き、その日の最初の食事が昼食で、夕食を夜更けに食べ、遅くまで起きているという生活スタイルは身体のリズムを狂わせます。すると、その影響は寝不足や疲労の問題にとどまらず、消化や代謝、免疫など様々な身体の機能を乱し、がんの発生にさえ関わっていることがわかってきました。代謝機能についていえば、血糖、インスリン、中性脂肪、コレステロールなどのコントロールが悪くなることで、肥満や2型糖尿病、心臓病など様々な生活習慣病のリスクを高くします。もちろん食後高血糖も起きやすくなってしまいます。とくに、夜遅くに糖質の多い食事を摂ると、食欲が亢進して食べすぎになりやすく、血糖値が急激に高くなります。そして、そのまま布団に入ると高血糖状態が持続してしまいます。
一方で、食事が朝型になると、食欲を促進する「グレリン」というホルモンが昼間に多く分泌され、食欲を抑制します。また、エネルギー代謝を活性化する作用のある「レプチン」というホルモンが作用することで、体重増加を抑えられることも判明しています。食事のタイミングを朝型にし、睡眠時間を一定にして、メリハリのある生活を心がけましょう。そして、仕事などで夕食が遅くなってしまったときは、野菜やタンパク質を中心に軽い食事にとどめ、翌朝にしっかり朝ごはんを食べると良いでしょう。
「運動が身体に良い」ということも、誰もが知る常識でありながら、充実した運動習慣を維持できている方は多くはありません。「痩せたい」と思う多くの方がまず取り組むのは、食事の量を減らすこと。時間がない、面倒くさいなど様々な理由で、なかなか運動に積極的になれない方が多いのです。しかし、苦しい食事制限によって体重を減らしても、「どこかボディラインに納得がいかない」と感じて体重を減らしすぎてしまったり、結局リバウンドして元通りになってしまう、という方が多いのも事実です。
運動は、エネルギーを消費するという点だけでなく、筋肉量を増やし、基礎代謝(積極的に運動しなくても日々消費するエネルギー)を増やします。本来のダイエットとは「痩せること」ではなく、「美しく健康な身体を作り維持する」ための様々な取り組みを意味します。無駄な脂肪がなく、引き締まった筋肉が豊富でメリハリのある身体づくり。そのためには、運動が不可欠なのです。
そして、食後高血糖を抑えるためにも、運動もとても大切な役割を担います。食事をして胃の中に食べ物が入ると、効率的に消化・吸収するために、全身の血液が胃腸に集められます(このために副交感神経がはたらき、眠くなります)。すると胃腸の動きが活発になり、糖の吸収が進みます。この反応は食後15分間が特に活発と言われており、食後高血糖を起こしやすい方はこの時間に急激に血糖値が上昇し、高血糖状態が続きます。
ところが、この15分間に運動を行うと、手や足の筋肉に血液が移動して胃腸の動きが抑えられるとともに、血液中の糖が運動のためのエネルギーとして消費されるため、血糖値の上昇を抑えることができるのです。よって、食後高血糖を防ぐことを目的とするなら、できるだけ「食後すぐ」に身体を動かしましょう。筋肉トレーニングのような高負荷な運動や、マラソンのような長時間の運動は必ずしも必要ではありません。ウォーキングなどの軽い運動でも十分に効果を期待できます。食事に出かけて歩いて帰る、会社のまわりを散歩するなど、意識的に運動の機会を見つけましょう。かといってあまりだらだらと歩いても仕方ありません。歌を歌うのはきついけれど、隣の人と簡単な会話ができる程度の運動強度が適切です。姿勢を正し、しっかりと腕を振ることで、全身の筋肉を使った効率的な運動ができ、格好のよいボディに近づくことができるでしょう。
この記事を読み、自分は健康だと思っていたけれど不安になってきた、という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そのメカニズムを見てみれば、健康増進も、ダイエットも、そして動脈硬化やがんの予防も、すべて同じ方向を向いた取り組みであることがお分かりいただけたのではないでしょうか。健康の3要素と呼ばれる「栄養(食事)・休養(睡眠)・運動」に気をつけることは、かならず皆様の心身にとってプラスの効果をもたらしてくれます。これを機に、ぜひ自分の健康と向き合ってみてください。
「健康さんぽ84号」
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