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腰痛予防のススメ

医師 小倉 康平

ずいぶんと涼しく過ごしやすい季節になりました。読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか?中には、冬は朝夕寒くて腰痛がつらい、お仕事にも支障が……なんて方も多いではないのでしょうか?腰痛は私たちにとって最も身近な病気の一つですね。生涯発生率は50~80%と言われ、2人に1人以上が一生のどこかで腰痛になります。業務上疾病(仕事が原因で発症した怪我や病気)の64%(平成28年度)が腰痛であることを見ても、腰痛は私たちの生活や仕事と切っても切り離せないと言えるでしょう。しかもやっかいなことに、腰痛や肩こりといった不調は仕事のパフォーマンスを約30%も下げてしまうというデータ(健康日本21推進フォーラム)もあり、重要な課題と言えます。そこで今回は、腰痛の病態と予防についてお話ししましょう。

腰痛の原因はひとつではない

腰痛には、ぎっくり腰(腰椎ねん挫等)、椎体骨折、椎間板ヘルニア、(慢性)腰痛症など様々な病名や病態が挙げられます。慢性の腰痛症には筋肉に原因がある筋・筋膜性腰痛、背骨の関節に原因がある椎間関節捻挫、椎間板に原因がある椎間板性腰痛があると言われています。しかし、痛みの部位や原因を明確にするのは困難なことが多いのです。腰痛患者さんのほとんどは、診察や検査から「ここが原因だろう」という目星はつけられていても、その原因が特定しきれないのが現実のようです。

また、腰痛と言いつつも実はその症状は多様です。単に腰の痛みだけではなく、お尻から太ももの裏側や外側、さらには、膝を越えてふくらはぎ、足の甲や裏側にわたり痛みやしびれ、つっぱりなどが広がるものもあります。

なぜこれほど複雑なのか?それは腰痛の発生要因にあります。腰痛の原因には、①重い物を持ち上げるなどの「動作要因」、②気温などの「環境要因」、③年齢や体格などの「個人要因」、④人間関係やストレスなどの「心理社会的要因」に分類されます。そして、腰痛が発生したり、症状が悪化したりするのには、単独の要因だけが関与するのではなく、いくつかの要因が複合的に関与していると考えられています。

①「動作要因」

腰に負担のかかる動作として、物を持ち上げる・引く・押す、身体を曲げる・ひねるなどの動作があります。急激な動作は、椎間板や筋肉などに衝撃的な力を及ぼし、これらを損傷させて腰痛を発生させることがあります。腰痛は体重や姿勢、持ち物の重さと、それを支える筋肉や骨の強さのバランスが崩れることで起こります。椎間板にかかる負荷を計測してみると、まっすぐ立っている時に比べて、中腰や猫背で座った状態で大きな負担がかかっていることがわかります。【図1.2】

②「環境要因」
寒い日はもちろん、暑い日の強すぎる冷房など、寒冷ばく露は腰痛を悪化させ、又は発生させやすくします。これは、寒さに対する反射として血管が収縮し、腰部の筋肉や軟部組織が硬くなるためです。適切な温度環境を維持しましょう。特に気温の変動が大きいこの時期は、重ね着などで調整できる服装がおすすめです。

③「個人要因」
先にも述べたとおり、腰痛には体重と筋力のアンバランスが強く関わっています。よって、一般的に女性より男性、痩せている人より太っている人の方が体重の面でリスクが高くなります。また、筋力の面で言えば、男性より女性、若い人より高齢の人の方が、リスクが高いと言えるでしょう。そして、これらの因子には食事や運動など生活習慣が大きく関わってきます。バランスのとれた食事と適度な運動で、体重と筋力を維持することが大切です。

腰部脊柱管狭窄や圧迫骨折、血管の病気、婦人科の病気などの基礎疾患も関与していると言われています。

④「心理社会的要因」

心理社会的要因とは、仕事への満足感や働き甲斐が得にくい、人間関係のトラブル、長時間労働、過度な疲労、心理的負荷、責任などが挙げられます。「仕事に対する満足度が低い」、「上司のサポート不足」、「日常生活や仕事に支障のある人が家族にいる」、「頭痛や肩こりなどの身体症状がある」といった項目が腰痛の重症化や慢性化に強く関与していることが明らかになっています。これは、心理的ストレスによって、脳をはじめとした中枢神経の痛みを

抑制する機能が働きづらくなり、身体症状が強まるのではないかと考えられています。

これらの様々な要因が複雑に絡み合い、腰痛をますます悪くする負のスパイラルにはまってしまうのです。【図3】

腰痛の予防と改善のために

では、この腰痛を治療し、又は予防するためにはどうすればよいのでしょうか。腰痛対策の基本を見てみましょう。

腰痛体操のススメ

職場や家庭で腰痛予防体操を行いましょう。様々な腰痛体操が提唱されていますが、いずれもストレッチングで腰部を中心に腹筋、背筋、臀筋といったインナーマッスルの柔軟性を維持するとともに、筋肉の疲労を回復することがエッセンスです。中でも、筋肉を伸ばした状態で静止する「静的なストレッチング」が、筋肉への負担が少なく、安全に筋疲労回復、柔軟性、リラクゼーションを高めることができるため、オススメです。静的なストレッチングのポイントは【図4】の通りです。東京大学の松平浩先生が提唱し、話題となっている「これだけ体操」【図5】のように、簡単、短時間で行える体操もありますので、是非トライしてみてください。

また、全身運動や筋力トレーニングは、腰痛の度合いなどの健康状態を考慮して、無理のない範囲で行うことが重要です。特に、急性期で痛みが強い場合や回復期で痛みが残る場合などは、運動を行ってよいかどうか医師と相談してください。

ストレッチングに加えて、十分な睡眠、入浴等による保温などは、全身及び腰部筋群の疲労回復に有効です。日頃からの運動習慣は、腰痛の発生リスクを下げます。バランスのとれた食事を摂ることは、全身および筋・骨格系の疲労や老化の防止に役立ちます。休日には、疲労回復や気分転換などを心がけましょう。逆に、喫煙は末梢血管を収縮させ、特に腰椎椎間板の代謝を低下させます。生活習慣を見直してみましょう。

正しい姿勢のススメ

普段の姿勢にも注意しましょう。仕事をするとき、食事をするとき、テレビを見るとき、私たちは椅子に座っている時間がとても長い生活をしています。ですから、この記事を読んでいる今この瞬間から、姿勢を意識してみましょう。

正しい姿勢とは、背骨をはじめとした筋肉や骨格の負担が少なく、無駄な筋緊張を伴わない姿勢、と言えるでしょう。立った状態では、足の裏に体重を預け、腰の低い位置に重心を意識しましょう。座った状態では、足裏に加えて腰の低い位置に体重を預けます。常に頭のてっぺんから糸で引っ張りあげられているイメージを持つと、背筋がのびます。腰は反り過ぎず、肩は引きすぎないように。ゆっくりと息を吐き、意識的に肩の力を抜きましょう。

正しい姿勢の効果は腰痛予防にとどまりません。精神的な安定をもたらし、呼吸を整えます。血行改善により首や肩の凝りが解消され、美肌効果が期待できるとも言われます。そして、美しく堂々とした姿勢はあなたの人柄をより輝かせるでしょう。

Q: 腰痛ベルトは着けるべきか?

A:着けた方が痛みが和らぎ、日常生活や職業生活の助けになるのであれば使用して構いません。しかし、長期にわたって使用するメリットはなく、背筋や腹筋の筋力低下の原因ともなり得ますので、1週間以内を目安にしましょう。

Q: 痛み止めの薬は飲むべきか?

A:痛みは我慢せず楽になるまで定期的に飲みましょう。ただし、胃潰瘍がある方など痛み止めが使えない方もいらっしゃいますので、医師・薬剤師に相談して使用してください。また、市販薬を使う場合も、用法・用量をきちんと読み、守りましょう。

Q: 腰痛になったら安静にすべきか?

A:動けないほどのぎっくり腰の場合などは、数日間の安静は構いません。ただし、3日以上の安静は避け、できるだけ早く日常生活や仕事に復帰しましょう。重い物を持つ仕事や高いところに上がる仕事、階段の上り下りがある場合などは、主治医や産業医に相談してください。

Q: 腰痛に運動療法は有効か?

A:3ヶ月以上持続する慢性腰痛に対して運動療法はとてもおすすめです。上記のストレッチングをはじめ積極的に行ってください。動きの激しい運動や負荷の強い運動については、運動の種類や頻度、強度などを主治医と相談してください。

「健康さんぽ76号」

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