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May blue~ 五月病 ~

医師 小倉 康平

冬の厳しい寒さが過ぎ去り、ぽかぽかと暖かな陽差しが降り注ぎ、木々や花々が美しく色づく季節となりました。何か嬉しいような楽しいような気持ちが湧きあがり、野や山に出かけたくなります。春と言えば、誰もが元気に明るくなれそうな季節。にも関わらず、どこか晴れない疲れた表情で、ピクニックどころか買い物や仕事に行くのも億劫。そんな症状を訴える方がいらっしゃいます。いわゆる、「五月病」です。家族や職場の同僚が、もしかしたら読者のあなた自身が、こんな症状に悩まされていませんか?季節の変わり目で風邪をひいた?花粉症の一つ?まだ体は冬眠から目覚めていない?原因のわからない体調不良に病院を転々とする方もいらっしゃるかもしれません。

ゴールデンウィーク明けや梅雨前に起こりやすいことから「五月病」と呼ばれるこの症状。しかし、医学的にはこのような病名は存在しません。では、あえて五月病の病態を表現してみるならばこんな感じでしょう。

「進学、就職、部署異動など新しい場所や人間関係など環境の変化に適応できないことに起因する不安、恐怖、抑うつ症状などのストレス反応の総称。週単位で症状が持続し、日常生活や職業生活に支障をきたす場合は「適応障害」と診断される。
比較的若年者に好発し、また、日本では4~5月の年度替わりの時期に好発する傾向が見られる。」

そう、季節はあまり関係ありません。新しい環境で頑張ること1~2ヶ月、やっと周りと馴染み始め、緊張が解けてくることでどっとその疲れを自覚する。日本は4月に年度替わりの文化ですので、5月に発症するから五月病。ですので、アメリカやヨーロッパには五月病がありません。

9月が年度替わりのアメリカではSeptember blue、クリスマスの楽しい休暇明けに起こるJanuary blueという言い方があるそうです。日本語訳するなら九月病、一月病といったところでしょうか。

環境の変化は、人にとって大きなストレスとなります。ストレスは「疲れ」や「元気が出ない」、「いらいらする」といった症状として現れ、これを十分にケアできないとうつ病のようなメンタルヘルス疾患に発展してしまう場合もあります。五月病とは、「疲れ」や「元気が出ない」というストレスに対する反応(ストレス反応)の段階です。ここで誤解してはいけないのが、このストレス反応は人間なら誰にでもある正常な反応であり、新しい環境に慣れるための一つのステップだということ。新しい仕事のコツがわかり、周囲の人と会話や食事を楽しむ中で、また時には、ゆっくり休んだり、家族や友人と話をしたり、スポーツで汗を流したり、様々な方法でリフレッシュしながら過ごすうちに、気が付けばそれが日常となり疲れを感じるほどではなくなってくるでしょう。

ところで、一般的なストレスといえば、多すぎる仕事、上司や取引先との人間関係、病気やケガなどの不安といったネガティブなイメージが強いですが、ここでいうストレスは、心身に対するありとあらゆる「刺激」を意味します。例えば就職、進学、昇進、結婚などポジティブな環境の変化もまた、心身にとってはストレスということです。

1960年代にアメリカの社会生理学者であるホームズらが行なった「ライフイベントとストレス」という研究が有名ですが、その中で「社会再適応評価尺度」というストレス評価法が用いられました。この評価法では、結婚を50として、様々なライフイベントのストレスの大きさをアンケートで調べたのです。その結果、家族との死別や離婚、仕事上の失敗、病気といった出来事はもちろん、妊娠、輝かしい成功、休暇なども大小のストレスとなることが示されました。文化や国民性の違いはありますが、1990年代に夏目らが日本人労働者を対象として行った研究でも、抜擢、退職、自分の昇進、収入の増加、長期休暇などポジティブな出来事もまたストレスに挙がりました。良し悪しによって負担の大きさが異なるとは言え、私たちが状況の変化にいかに敏感かがわかり、おもし ろいですね。

図は、夏目らの論文で挙げられた勤労者のストレス要因とその点数を表にしたものです。読者の皆様も、最近1年間で自分に起こった出来事を思い出し、チェックしてみて下さい。1990年代の日本と2018年の日本、社会構造も人々の考え方もずいぶんと変化したため一概に当てはまるとは言えませんが、自分のストレスを評価する参考になるのではないでしょうか。

ここで注意すべきことが一つ。ここまで読んだ方の中には、「良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいこともすべてストレスで心身に悪いのか」と考えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。確かにストレスがあまりに重なると心や体の不調をきたすことが知られています。しかし、ストレスのない人生とは、すなわち身の回りで何も起こらない無刺激な生活ということ。それほど苦痛なものはないでしょう。人は刺激を求め、刺激によって喜びや生き甲斐を感じます。人には適度な量、適度な質のストレスが必要なのです。

(厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」
「健康づくりのための休養指針」より抜粋、改変)

では、このストレスを適切にケアするには、どうすればよいでしょうか。筆者がおすすめしたいのは、「休養」と「栄養」の二つです。休養と栄養は、運動と合わせて健康の三要素ともよばれる大切な活動です。その中で休養と栄養が心身の健康状態を維持調整する役割を担うことは、「養う」という字が含まれることからもわかります。

休養とはその字のごとく、心身の疲労を回復する「休む」ことと、健康の潜在能力を高め英気を「養う」ことです。「休む」ために最も重要なのは睡眠、寝ることですが、読者の皆様はしっかりと寝ることができていますか?そうではないという方は、右のことに注意してみてください。また、帰宅後の余暇や休日の過ごし方は「養う」ことにつながってきます。「たまの休日くらい家でゆっくりしていたい」という気持ちは筆者もよくわかりますが、わずかな時間でもいいですので楽しみを見つけてみましょう。そして、夜は余裕をもって休みます。程よく疲れた体は、心地よい眠りへと誘ってくれるでしょう。

最後に栄養について考えてみます。食事とは、身体を動かすためのエネルギーを補ったり、肉体とその機能を維持するために必要な栄養素を摂取する行為であると同時に、空腹を満たして幸福感や精神的な安定を得たり、他者と食べる楽しみを共有して人間的な信頼関係を築くという心理社会的な意義があります。家族や友人、仕事仲間と豊かな食卓を囲むことは、心にも体にも潤いを与えてくれるでしょう。まずはいろいろな人と、美味しい食事を楽しんでください。そのうえで、生活習慣病の発症を防ぐ食事のポイントをお示ししておきます。

しっかり食べて、しっかり寝る。これは誰もが知る健康への第一歩ですが、忙しい時、困っている時、張り切っている時などにはおろそかにしてしまいがちでもあります。さぁ、頑張ろう!ここが踏ん張り時だ!と思う時こそこの基本を思い出し、最高のパフォーマンスで乗り切ってはいかがでしょうか。

「健康さんぽ78号」

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